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Reinforcing Evangelists and Aiding Pastors

I sent you to reap that for which you have not labored...and you have entered their labors. (John 4:38)

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「マッカサー宣教師」から「マクドナルド宣教師」へ From “MacArthur Missionaries” to “McDonald Missionaries” パート2戦後日本のクリスチャン・ミニストリーの創世記

戦争は、総理大臣東条秀樹と天皇の注意を引いた2つの原子爆弾の後に終わった。ダグラス・マッカサー元帥は、米国艦船ミズオリーに乗船して、無条件平和条約に署名した。それは、完全敗北、無条件降伏であったが、日本人は「敗戦」または敗北という言葉を使わず、「終戦」という言葉を使う。天皇がラジオで日本降伏を放送した1945815日から1ヶ月以内に、チャーチ・オブ・クライストのハリー・R.フォックス師は、最初の宣教師として来日し、原子爆弾負傷者への任務に仕えた。戦争捕虜であったアイルランドのボビー・ライトは解放された。救世軍の宣教師は強制収容所で亡くなった。何人かのドイツ人宣教師とその家族達は、同盟国として在留を許された。マーベル・フランシス、アン・ダイベンドルフ、ミス・パーと他の女性宣教師達は家宅軟禁から解放された。

  しかし、日本はとても荒廃しており、21人の宣教師リーダー達の調査団は、各宣教師は充分な量の食料、衣類、そして5年間自給自足できる分の設備を持ってくるよう決めた。ある人々、たとえば、オーエン・スティルス、ハロルド・コールズ一家、ハロルド・シムズ、そして他の何人かは1947年に来日した。マッカサーはとうとう、1950年テレグラムや手紙を通して、5,000人の宣教師と1千万冊の聖書を召集するよう公布した。こうして、宣教師、ミニストリー、そのプロジェクトの来日が始まった。

 最初は、日本聖書協会、それはすでに存在していたが、戦争中は影を潜めていた。彼らは、各国に支社があたので、「憲兵」は彼らをアメリカのスパイと思っていた。

  マッカサー時代の1950年の日本は、50年後の日本に住む宣教師にとっては、別の惑星を語っているようである。マクドナルド、KFC, バーガーキング、ディニーズはなかった。ハンバーガーはなかった。当時は、独身の宣教師は月125ドル、夫婦は月250ドルのサポートであった。それは、今日では2日間の生活費であるが、当時は今日より100%物価は安かった。葉書は5円、手紙は10円、屋台のそば代が30円、電車やバス代は10円だった。もしあなたがアメリカ人のように見えれば、彼らはあなたが軍隊かCIAで働いていると思い、時々無料で提供してくれた。1ドルは360円で、時には闇市で400円にもなった。散髪代は70円、タクシー代は60円であった。家政婦さんは1ケ月3,000円と可能であれば衣類と食事も与えられた。家建築などの大工仕事は一日800円であった。語学生徒(心が消耗する)の教師への授業料は一時間35円であった。そして、より専門的で優秀な教師は、家庭教師として一時間50円を得た。私は毎日3人の教師に教えられて、時には一日10時間勉強することもあった。

  とにかく、私は簡単に1947年から51年を振り返り、そして後で、私が来日した1951年以来の事柄を、私の「野鳥観察の目」の視点から語りたいと思う。それは終戦直後の暗黒の時代で、マッカサー元帥の感動的なスピーチを要約するとこのようになる。「日本復興のため、肉体を救わなければならないなら、霊のリバイバルがなければならない。」

  私は、マッカサー元帥が、共産主義の敗北の後、ロシアの為に立ち上がらなかった事、そして、レーニンやスターリンの像が倒さなかったことを残念に思う。「私達の所に来て助けて下さい。」と言うクリスチャン指導者が誰もいなかった。ですから、共産国ロシアにおいて、ローン・レンジャー(一匹狼)、one-night-standers, 90-day wonders, そしてその地域への宣教をコーディネートをしようとした協力宣教が激増した。

  日本では、マッカサーはとても長身で、天皇さえ侵食してしまうような資質があった。天皇は手に帽子を持ってマッカサーのオフィスに入り、核心をついて語った。「私は、政治的、軍事的に決断された事全てにおいて責任があります。貴国で決められた正義で私を取り扱って下さい。」これは、まな板の上の鯉として自分自身を捧げられたのである。しかし同時にこれは、月並みな日本人の甘えでもあった。文字どうりの意味は、「あなたのして下さった憐れみに自分を委ねます。あなたは私に良くして下さるのを知っています。」という事である。

 マッカサーは、天皇に憐れみを持たれた。だが一方で、ヒットラーは殺され、ムッソリニーは逆さに吊るされた。アメリカ国務省とマッカサーは、もし同じような事をするなら、彼らは別の暴動を起こすのではないかと感じた。

  天皇は人間宣言をしなければならなかった。それで彼は、宣教師のボリス(彼は天皇の遠縁に当たる人と結婚した。)に、彼が宮中の庭を散歩する時、ある場所で会うように求めた。その時、彼はボリスに尋ねた。「西洋人は神をどのような方だと考えているのか?」「そうですね、勿論、唯一創造の神様で、天と地を造られました。これに対して、天皇は謙遜に言われた。「そう、私はそれはしなかった。」そして彼は、その基準に従って、彼はその神ではないと正直に言う事が出来たのである。

  1945年、最初に招待されたグループは、日本聖書協会であった。そして、」マッカサーは1千万冊の聖書を求めた。195031日にマッカーサーは、アメリカ聖書協会会長のエリック・ノース氏に宛てに、以下のような手紙を書いた。

  親愛なるノース博士

私は、アメリカ聖書協会が日本聖書協会と共同で、占領時の始め頃に、400万冊の聖書のコピーを作成されたとの、貴殿の報告書を読みました。私は軍属牧師から、48州の51教派の人々がこのプロジェクトに協力したという事を聞きました。貴殿の経費が100万ドルを超えた事は、アメリカ人の惜しみなく捧げる心と、またとても満足のある達成を果たされた事を示しています。貴殿は、私が要請した1千万冊の目標に達しようと頑張ってくれています。私は、貴殿が成功を収めると確信しています・・・・。

敬具

                              ドナルド・マッカサー

  彼は同時に、ポケット版聖書連盟(PTL)にテレグラムを送った、元フットボール選手のグレン・ワグナーは、こう返答している。「私達は、ヨハネの福音書100万冊を印刷出来ます。」マッカサーは、「1千万冊印刷して下さい。」と返答し返している。

  このようにして、戦後日本の大いなる伝道クルセードが始まった。PTLは、赤い福音書冊子の裏に、「いつくしみふかき」の賛美歌を付けて配布する大きな集会を持った。ほとんどの集会は、短期滞在のアメリカ人伝道者、若い働き人、牧師達によってなされた。誰の居残って日本語を学ぶ者はいなかった。通訳者ぬとても感謝します。彼らを祝福して下さい!

  以下のような別のテレグラムが、1950年マッカサー元帥からシカゴのギデオン協会に送られた。

  「私は、キリスト教は、民主主義国家を建設するため、確固たる不動の土台を日本人に提供する事が出来るという、私の固い信条を公言しています。日本人は、キリスト教の基本理念に注意を傾け始めており、その霊的、道徳的な祝福を有難く思っています。貴方の協力は、計り知れない価値があります。聖書のコピー、特に日英両訳の新約聖書は、信仰の学びと受け入れの基礎として、クリスチャン・ムーブメントには不可欠であります。日本語のテキストは、もっと需要があり、もっと多くの人々に、全面的な理解をもって読まれます。あなたの代表は、最初の状況調査隊を結成するため、宣教師として、日本に喜んで迎え入れます。航空便であなたに届けられる情報は、あなたの計画の助けになるでしょう。私はあなたが、日本人の霊的リハビリテーションに関心を持っておられる事を、深く感謝致します。

                        SCAP  東京、日本

                        ダグラス・マッカーサー

  ギデオン協会は、歌の専門家のディック・ホルツワースを派遣した。ある人々は言った。彼は、ビリー・グラハム・チームのクリフ・バロースになる事が出来ただろうと。彼は、1950年に来日したが、日本語は話さずに最初のギデオン・キャンプを東京で開いた。それから間もなく、彼らは、新約聖書2,300百万冊の初版を印刷し、日本のホテル、病院、学校などに配布した。彼らは、男性1520人、女性798人の援助により、263回のキャンプを行なったのである。

  さて、新約聖書のコスト代1200円を2,300万冊として計算すると、驚く事に46千万円(460万ドル)となる。たとえアメリカでも、莫大なお金を宣教のために集めた事になる。しかし実際は、その60%は、ここ日本で集められたのである。それは、母国に頼る平均的な宣教師と「ホーム宣教委員会」から離れた、日本人の男性達に依ったのである。驚くべき偉業である!

  これら3人、マッカーサー、ワグナー、ホルツワースの模範によって、これから起こる全てのミニストリーおいて、何回も何回も繰り返されるべき共通のものは無かった。神は天から見下ろしたが一人も見つけられなかった。委員会ではない、しかしただ一人の人―イザヤ書で神は、「破れ口に立つ者を、リーダーを捜し求めた。」そして、神はその人を人々の中から見出した。さて、リーダーとは何か?リーダーはどこに行くのかを知っている人、他の人々が従って来るような人、そして、群集より抜きん出ている人である。

イザヤ書554で語っているように。「見よ。わたしは彼を諸国の民への証人とし、諸国の民の君主とし、司令官とした。」

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