宗教法人全国キリスト教伝道会  R.E.A.P. mission inc.

Reinforcing Evangelists and Aiding Pastors

I sent you to reap that for which you have not labored...and you have entered their labors. (John 4:38)

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感謝祭―何を感謝しますか?(Thanksgiving?Thanks for What?) by ケニー・ジョセフ

「もしもし、お父さん、警察署から電話しているんだけど、」私の息子、マークが電話口で囁いて言った。「私に良くして、お母さんに言わないでね。」「ああー、厄介なことになったなあ、」と私は思った。

 「何が起こったの?」「お母さんに言わないって約束して! いい? 僕がオートバイを乗っていて、トラックにぶつかり、少しはね返って、僕のヘルメットが道の反対側に飛んでいってしまって、そして、彼らが僕を検査するため病院に運んでくれたんだ。このトラックの運転手はとってもいい人だよ、これから彼を家に連れて行くから。」

 なんと言うことだ! 私は、もう少しで自分の息子を殺したかもしれないこの男性に、良い態度でいられるよう祈り始めた。

 彼らは、静かにそっと階段を上って、2階の私のオフィスに来た。そして、マークはそのヘルメットを私に見せた。それは、グシャグシャになっていて、脳みそが路面に飛び出して、即死だったかもしれないほどだった。神様、ヘルメットを有難う! そして「お前が無事で、神様に感謝するよ!」そして、私は、この日本人の男性の前で、神に感謝し始めた。彼は、私が気を取り乱して憤慨していないので、とても感謝していた。

「治療費は私が支払います。」と、このトラック運転手は言った。

ところで、あなたは、この感謝祭に何を感謝しますか?何も無い? ちょっと待って!

神が天と地を造られたことを感謝して下さい。そして、神があなたの父と母を造られたことを感謝して下さい。また、中絶を信じなかったことを感謝して下さい、そうでなければ、今あなたはここにいません。そして、あなたが生きていて、元気で息していることを、神に感謝して下さい。

私が、正しい物の見方をしようとした時、私は、足の無い人を見るまでは、自分の古い靴のゆえに心が捕らえられていたことを思い出した。

私は、車椅子の人を見るまでは、自分の右の腰の痛みに不平不満をもっていた。

私は、酸素吸入器を引きずりながら歩いている人を見るまでは、東京の空気の汚さに不平不満があった。

私は、築35年の重いタイル張りと腐った土台の、住居兼教会兼オフィスの家に不平不満を持っていた。そしてその時、あの阪神大震災で死亡した5千人のうち、その45%は、私と同じような家に住んでいたことを知った。

私は、二人の聾唖者が手話で話すのを見るまでは、東京の耳障りな騒音に不平不満を持っていた。

私は、盲人が白い杖と盲導犬を連れて歩いているのを見るまでは、自分の右目の「浮遊物」に不平不満を持っていた。

私は、フロリダの湿地にジェット機が墜落したことを聞くまでは、混雑した飛行機の座席に不平不満を持っていた。

私は、ルワンダの避難民が、難民キャンプの泥地で寝ている絵を見るまでは、自分の家のすり切れたカーペットに不平不満を持っていた。

私は、入れ歯の人を見るまでは、自分の歯の痛みに不平不満を持っていた。

私は、駅の構内で、200ものダンボールの中で生活し寝ている人々を見るまでは、日本の家の低いドアの入り口で、何回も頭をぶつけてしまうことに、不平不満を持っていた。

私は、私の息子の親友の両親が、息子を交通事故で亡くしたため、決して彼と話すことが出来ないことを知るまでは、自分の息子たちから余り電子メールがないことに不平不満を持っていた。

そうです。これが感謝祭です。全能の神へのクリスチャンの感謝は、旧約聖書の中から始まっており、そしてそれは新約聖書の全般を通し貫いている。感謝祭は、敬虔なキリストを恐れ敬う巡礼者達によって私達にもたらされた。彼らは、圧制的な王、法律、税金、政府などからの自由を求めて、イギリスやオランダからやって来た。最初の感謝祭は、ただ食物を神に感謝して食べたというだけではなかった。彼らの友人たち、つまり、彼らが侵略して奪い取った土地の所有者であり、敵対していたインディアン達を招いたのだった。それは、昼時であり緊張感が高まっていたが、彼らは座って持っていた食物を分かち合った。たとえその年、彼らの同胞の清教徒たちの50%が死んでいったとしても、彼らはそうしたのだった。

「勤労感謝祭」、日本版の感謝祭は、「勤労の日を感謝する」ということである。私達に、生きて働く力を与えて下さるのは神であるので、これは全く的を得ていない。

私達は、日本で54回の感謝祭を過ごし、最初の「楽しい」感謝祭を思い出す。その当時、家政婦さんは月収3千円で働いていた。今日では、1時間にそれだけである!

邦子さんは、感謝祭の直前に田舎から出てきて、私達の家の一室に住み込んだ。私達は、感謝祭に古い友人たちを招いた。それぞれが、何か「あり合わせ料理」を持ってきた。七面鳥の夕食が終わった後、婦人たちはテーブルを片付けていた。すると邦子さんが私の妻ライラの所にそっとやってきて、台所から食べ終わった七面鳥の骨を、彼女に運んでくれるよう頼んだ。彼女にとってこの骨はひどい物で、火葬された骨を思い起こさせた。それから、ライラが2時間ほど前に、邦子さんがガスこんろの上で料理した魚の頭のスープなべー魚の目が睨みつけているーの蓋を取った時の気持ちを語ったので、彼らはそれぞれの恐怖体験を語り始めた。それぞれのカルチャー・ショックだった! 

清教徒たちは、1620年プリモス・ロックに上陸

(The Pilgrims Land at Plymouth Rock 1620)

 アメリカ民主主義は、強い宗教的な土台にかかっている。ニューイングランドに来た清教徒たちは、宗教的な迫害から逃れて来た。イギリスのジェームスⅠ世は、イングランド国教会に従わなければ、「彼らを国から略奪するか、もっとひどい事をする」であろうと警告した。

イングランド国教会によって迫害された後、彼らはオランダへ逃れた。そこは、彼らの子供たちが堕落し、退廃する危険性があり、英語の言語能力と国籍を失い、オランダ人となる所である。したがって何人かは、「巡礼者」のように、海を越えてアメリカに行った方がいいと決断した。ここで彼らは、異教徒インディアンへの宣教師となることが出来た。またここでは、彼らの宗教の考えに基づいた政府を確立することも出来た。ここでは、自分たちのための小さな国家を見出すことが出来た。

私達は今、これらの聖書を携帯する102人の巡礼者がメイフラワー号に乗って、見知らぬ新天地に向けて出帆した1620年のその重要な時を振り返って見る。なぜ? 彼らは自由に神を礼拝し仕えるかもしれない。

波のうねりを乗り越えて9週間後に、彼らはマサチューセッツ沿岸のプリモスに上陸した。

しかし、新天地に上陸する前、彼らは、神の保護のもとに自分自身を委ねた。「神とお互いの臨在の中で、厳粛に相互に」と、メイフラワー号の協定は語っている。彼らは、クリスチャン・コミュニティを形成するため、荒涼としたニューイングランドの海岸に出発した。

彼らは、すぐに住居を建て、寒い冬に向けて備え始めたが、その当初から問題があった。これらの人々は、自由に神を礼拝する特権のために、大きな犠牲を払ったのだ。春が来るまでには、44人の人々が亡くなった。たった58人が生き残り、春の穀物を植えた。しかし、誰一人、メイフラワー号に乗ってイングランドに帰るものはなかった。「彼らは、鋤に手をかけて、後ろを振り向かなかった。」

しかし主は、彼らに勇気を与え、そして夏には良い収穫をもたらされた。ブラッドフォード知事は、12月13日を感謝祭の日として宣言し、これらの清教徒は、80人の友好的なインディアンたちと共に、お祝いのために集まった。

それは、一日だけの行事ではなかった。感謝の思いを表すのに、3日間を要した。世界百科事典には、こう記されている;彼らは、説教し、祈り、歌を歌い、そして食べた。

それは彼らにとっては、大ごちそう、陽気な戯れ、七面鳥の詰め物料理、それに引続く炭酸ソーダやフットボールを楽しむ以上の意味がある。感謝祭の日は、主が中心であり、賛美歌を歌い、み言葉を朗読し、神に感謝を捧げ、神が備えて下さった食物を楽しむのである。

それから、1620年秋の嵐の日に、102人の清教徒を乗せたメイフラワー号は、現在のマサチューセッツのプリモス近くに錨を下ろした。

ピルグリム・ファーザーズ(英国から信仰の自由を求めて1620年メイフラワー号で渡米した102名の清教徒)は、日毎のすべての祝福を与えられる神の御手を見て、感謝―また感謝に生きるー精神を持っていた。しかし、彼らは国家的には、すべての祝福が流れ出る神を賛美する日を定めた1633年までは、賛美のエベネゼルに座することはなかった。後年、1784年に国家的な感謝の日が、平和とアメリカ独立の宣言のために存在していた。そして、1863年にリンカーン大統領が国民感謝祭の日を宣言した。それ以来、代々すべての大統領は、感謝祭の日を宣言してきた。

これが空しい慣習とならないように、「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」

最初のピルグリム・ファーザーズ(メイフラワー号で渡米した清教徒)は、インディアンたちを招待した。私達が、一年間の休暇を取ったとき、家を若い宣教師たちに貸した。その何人かは短期の奉仕できていた。以下は、ルース・ドゥロラードがその時に体験した感謝祭である。

「私達は、日本に来てほんの短い期間の滞在で、言葉が分からなかったが、私達と友達になりたいという願い、そしてジョセフの家の隣近所の人々からの親切さという、好奇心を感じていた。“隣近所の人々や、私達に親切なお店の人々と時間を過ごすことができたら、どんなに楽しいだろうか?”と思った。

“感謝祭!!!! この時だ! 私達は、アメリカ文化の味わい(文字通り)を彼らに体験してもらい、そして、私達を彼らと合わせて下さり、これらの親切な新しい友達を与えて下さった神の親切さに(近所の人々の前で)感謝するため、集まりを計画した。

私達10人は3日間、一生懸命働いた。買い物―感謝祭のための伝統的な食材捜し、ベイキングー小さなオーブンを使って10のパイを焼き、サツマイモのキャセロール、そして準備―沢山の詰め物が必要で、赤ん坊用の大きなプラスチックのバスタブを使った!! 近所の人々が集まってくるまで、次から次へと七面鳥がオーブンから取り出された。子供たちも入れて25人以上が来て、食べたりおしゃべりしたりと、午後と夜は20人のハッピーな宣教師たちと歓談した。共に集まるために、時間とエネルギーをかけたことは、何という喜びであろう。彼らと共に座っている間、言葉と文化の壁を越えて、快い友情の絆がもたらされた。10年経っても、彼らはまだこの事を話している、私達はこのことがよく分かる!」

ですから、あなたの感謝祭があなたに何をすることが出来るかではなく、他の人々のために何をすることが出来るかを求める。どのように他の人々を祝福できるかを見る。何人か友達を夕食に招いて、感謝祭の本当の意味を語ったらどうだろうか? それから、クリスチャンの信仰と、どうしてあなたがこれをするのかを説明することが出来る。これは、異文化交流であり、国際的である。あなたが持っているものを分かち合うことである。これが感謝祭である。もっとも偉大なことは、言葉で言い表せない神の賜物、それは、イエスキリストをこの世に送って下さったことを、神に感謝することである。この一ヶ月後、イエスが生まれ、私達の罪のために死なれ、そして罪が赦されたことと天国に家があることの保証として甦られたことをお祝いした。

もしあなたが、祈っているお母さんやお祖母さんがいるなら、それは大いなる宝物である。彼女の信仰に立ち返りなさい。私は、43世代に亘るクリスチャンの遺産の誇りがある。何ですか? それは1,600年前ではないですか? そうです! 私達はアッシリア人の子孫であり、ヨナはニネベへ行って伝道した。彼らは、ただ唯一の本当の神に立ち返った。

アッシリア人(ニックネームはネストリアン)は、アラブとイスラム教徒の地域では、唯一「クリスチャン」の国となった。彼らは、信仰を守り通し、その信仰をインド、中国、韓国、日本、ベトナム、インドネシア、そしてフィリピンへともたらした。

私は、3つの言葉で「不平を言わない」ことを学んだ。私の母はいつも、私達が不平を言い始めると、アッシリア語で“ラ・タータン”(ぐずぐず言うのを止めなさい!)と言った。

私は、ボブ・ジョーンズ大学へ行った。そこの寮の中のドアに、大きな文字で「不平不満は許さない;建設的な批判は感謝される」

それから、私は、日本人、台湾人、韓国人の25名からなる10の異なったチームを、聖地旅行に導いて行った時、日本語での私達のモットーを何回も何回も繰り返して言った。「文句を言うな、感謝せよ。」(不平不満を止めて、賛美し始めなさい。)

もしバスの中が暑すぎたら、文句を言い、寒すぎても文句を言う。私達は言った。「イエス様には、エアコン付のバスはなかったんだよ、ただロバしかなかったんだ。」

不平不満は、否定的な病である。ほとんどの病には、毒素があるか又は薬がある。感謝のない気持ちへの薬は、「祝福を数えること」である。

あなたの祝福を数えよ(Count Your Blessings)

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