聖書の中には、神に従う者が、与えられた祝福に感謝を表すよう奨励している節が、100以上もある。(There are over a hundred Biblical passages encouraging followers of God to express appreciation for blessings bestowed.)
26の異なった詩篇には、感謝を捧げるよう荷と多くの奨励がある。感謝の名詞は「todah」である。神によって命じられた犠牲の捧げ物の一つ、食物の捧げ物は感謝のいけにえである。(レビ2章)
新約聖書には、「eucharisteo」―感謝すること、「ekshomolgeomai」―栄光をあたえること、「echo charin」―好意を得ること、と言った感謝を捧げるという意味の異なった幾つかの言葉を使っている。感謝を捧げなさいという、直接的な命令の他に、異なった機会に感謝を捧げたイエスやパウロの模範がある。
世界で最初の公けの感謝礼拝(The World’s First Public Thanksgiving Service)
一番最初の公けの感謝は、創世記8:20に記録されている。「ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。」多くの聖書注解者たちは、このいけにえを、水死を免れた人々の感謝の表現とは考えていない。これは単なる普通のいけにえ以上にものだった。これは、ノアが他の生き残った7名の者と共に、いのちの賜物に対して深く感じた感謝を表している時の出来事であった。レウポードは、正確に観察してこう言っている。「すべて前述した状況と、また彼らだけが全世界的な大惨事を免れたというような、どんな人またはどんなグループの人の心に抱かれる感謝の気持ちの観点から、本末転倒的ないけにえと関連した、感謝の考え方が支配していたのを見い出す。感謝のと怒りを静める目的が、このいけにえには混ざり合っている。
これは、聖書の中で、祭壇に関する最初の引用である。創世記4:26には、「そのとき、人々は主(ヤーウェー)を呼び求め始めた。」あるが、祭壇については述べていない。たぶんエノシュは、父親の祭壇を用いた可能性がある。私達は、祭壇がアダムの時かそれともノアの時に始まったのかは分からない。祭壇のへブル語は「Mizbeach」であり、厳密に「屠殺場」を意味する。この祭壇はヤーウェーのたに建てられた。なぜなら、ノアは、神がとても憐れみ深く表された恵みに富んだ真実さを心に留めていたからである。レウポードは、これはノアの捧げものは感謝の捧げものであったという、もう一つの論議を支えるものであると主張する。ノア、彼の妻、ハム、シェム、ヤペテ、そして彼らの3人の妻―計8人―は、公けの感謝の礼拝への最初の参加者たちであった。それは、人類の初期の歴史に起こったユニークな出来事であった。