宗教法人全国キリスト教伝道会  R.E.A.P. mission inc.

Reinforcing Evangelists and Aiding Pastors

I sent you to reap that for which you have not labored...and you have entered their labors. (John 4:38)

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リバイバルで誕生した日本人海外宣教師の物語

(The story of Japanese Foreign missionaries (born in revival)

日本人宣教師についてのこの記事は、前篇の「日本のリバイバル」の最後の残りの部分から始まっています。

私達は、神をほめたたえ、神に栄光を帰した。このリバイバルは、人からのものではなく、狂信的のものでもなかった。ただ神によって静かに導かれた。1953年4月14日午前2時半に、私達は床に着いたが眠る気分ではなかった。午前7時、私の日本人協力者で教師/伝道者である高見さんが、次のキャンペーンでのコンファレンスのために東京からやって来た。彼は私達と同じ重荷を持ち、祈りと断食をしていた。それから、私達は朝食も摂らず、魂を勝ち取る天幕集会訓練協会(the Soul-winning Tent Meeting Training Institute)に召し出された。そこでは、3日間の特別集会が開かれていた。そのリーダーであるゲーリー・ジョンソンは、私に昨晩の出来事を話すように言われた。私は学生達に祈るよう頼んだ。これらの若い学生達は、神が来るべき伝道キャンペーンに祝福をもたらしてくれるよう心を注いで祈った。私はリーダーとしてここに来たが、今や若い改宗者達が熱心に私達の為に祈っていると分かり、私の心は砕かれた。

学生達の中で起ったリバイバル

私は、昨晩いかに神が私達に出会われたかを涙をもって語った。「神よ、あなたは砕けた悔いた心を軽んじられません。」私は、泣く事は女々しいと思ったが、神は私に砕かれた心を与えられた。私は、いかに神が私の必要を満たし、そして、出て行ってこれらの人々に伝道する為に、いかに私が神の力、愛、知恵を自分のものにしたかを語って、席に着いた。そして、私は1時間もノートを見る事無しに日本語で語っていたことに気づいた。私は、ただ単純に神をほめたたえ神に栄光を帰した。これは奇跡であった。なぜなら、日本語で1時間のメッセーッジをするのに、40時間の時間を費やして準備していたからである。

ゲーリーは、更に続けてリバイバルについて語り、そして彼がいかに日本人に対して新しい愛を受けたかを語った。彼もまた砕かれ、これが学生達の心にも触れたのである。また彼は、私達が椅子を真ん中に置き、そこに座る一人一人のために祈った事をも語った。それから彼は、「皆さん学生の中で、誰か祈って欲しい人はいますか?」と尋ねた。ある若者がつい口に出してこう言った。「悪魔が私を縛っています。私の為に祈って下さい。」一人一人前に進み出て祈ってもらった。彼らは来ては涙をもって席に戻った。多くの人は告白してない罪を持っていた。ある夫婦は橋の下で性交を行なった為に追い出され、そして今彼らはその罪を告白した。一人一人前に出て来ては、その高慢さ、愛のなさ、恐れ、悪しき罪を言い表し、祈りを求めた。

私達は彼らの上に手を置いて祈り、み言葉を引用し、そしてそのみ言葉、血潮、復活の力によってサタンに打ち勝った。私達は、素晴らしい勝利の霊のゆえに神をほめたたえた。

石が叫ぶであろう一人を除いて、全員が前に出て罪を告白した。私達はそれぞれの席に戻り、幾つかの歌を歌い、そしてTEAMの日本人牧師である月柄師が、まだ祈られていない人はいるかどうか尋ねた。誰も手を挙げなかった。それで彼は、「田中兄弟、あなたの心はどうですか?」すると田中さんが言った。「私は大丈夫です。私は聖公会で、このような感情的な事は信じません。」

月柄先生は大声で明言した。「これは神のことです。センセーショナルなことではありません。このようなことを見たのは私も初めてです。でも、神のことです!私達はあなたを通り過ぎる事は出来ません。」彼は涙を流してくずおれて大声で言った。「田中さん、あなたを愛しています。私はあなたを愛しています。神様の祝福をあなたにも受けて欲しいのです。」

でも、月柄師が聖書の中から、王であるイエスがロバに乗って来た時、人々が神を賛美し「ホザナ」と言って叫んだのをパリサイ人が叱責した話を引用してからは、田中さんからは何の応答もなかった。もし、これらの人々が黙っていたら、石が叫んだであろう。「田中さん、あなたは石ですか?」

とうとう、その若者は、しぶしぶ前に出てひざまづき、そして祈ってもらった。しかし、それは本物ではなかった。神の霊は彼の心を溶かさなかった。

2週間後、5つの天幕チームが出て行った。彼らは、ガソリンと水を車に入れるため、ガソリンスタンドに行った、すると、トラックがカーブを曲がって来て、田中さんを撥ね、彼は即死した。この出来事で、私達皆は主を恐れた。可哀想な彼の奥さんは、生活のために養鶏で生計をたてた。

私達は、御霊の働きに感謝した。1953年、聖霊はとても働かれたが、サタンもそうであった。私達皆が抱いた聖句は第二テモテ1:7であった。私達は恐れの霊から救われ、「力と愛と慎みの霊を受けたのである。」私達は神の栄光には微塵も触れるべきではない...ただキリストの十字架における栄光のみである!

この霊的覚醒は、東京の木曜早天祈祷会で毎週続き、それは富山まで広がって行った。しかし、これには、別の時の別の話がある。

しかしながら、私達が個人的かつ社会的なレベルでのリバイバルを体験する一方で、全国的に遍在するリバイバルのために、神に祈り求めた。日本の人口1億2千5百万人の中の僅か4%がキリスト教徒であると公言しているが、神の介入ほど功を奏するものはない。

あなたは、日本の戦後の海外宣教が、静岡の魂を勝ち取る天幕集会訓練学校で始まったということを信じられますか? 私は、日本の若者が本国のみならず、海外でも宣教師としての可能性を秘めているのを見た。

7ヶ月間に亘る連日の厳しい伝道集会のあと、私は結核にかかり、医師は絶対安静を命じた。私のTEAMの仲間であるドン・ホークは、日本キリスト教短期大学(JCC)で教鞭を取るよう私を招いた。私は、マヨ・クリニックの支払いを全て済ませた。その後、彼は私とフィアンセのライラの結婚式を軽井沢ユニオン教会で挙げてくれた。それから私達は、大学から2分の日本式の家に移り住んだ。私は、ただ50分間教えるよう命じられ、その後横になって休んだ。ドイツ人医師のイーテルは「君は神と新発見された結核の薬によって癒されました。午後は安静に寝て下さい。もしそうしなければ、40歳で死にます。もし、そうするならば、80歳以上生きますよ。分かりました?」

としこさん、99年待って!

学びのクラスの一つは「海外宣教」であった。33人の学生の内、彼らの自主的な祈り会において、5人が海外宣教地に召された。としこさんは台湾に、城倉さんはインドに、横内さんはシンガポールに、堀切さんはボリビアに、そして尾崎さんはエクアドルに召されたのである。同盟教団の松田牧師がチャペルで語った時、としこさんは、5人の宣教師志願者がいることを告げた。しかし、牧師は「99%の日本人は救われておらず地獄に行くという考えは忘れなさい。私達が日本人に伝道するまで待って下さい。それには99年かかります。」と彼女に言った。すると彼女から笑顔は消え、こう答えた。「その時には、私は死んでいます。」

このようにして、JEOM (Japan Evangelical Overseas Mission/日本福音海外宣教会)が始まった。私達は、クリスチャンのビジネスマンである蓼沼つよし氏と共に(JCCのかまぼこ形兵舎小屋の伝道部において)毎週集会を持ち、祈りをもって日本の海外宣教について計画を立てた。尾山玲二師を「悔い改め宣教など」のためにフィリピンに送り出した後に、物事は動き出した。彼らは一人ずつ来ては「私をブラジルへ、ペルーへ、インドネシアへ送り出して下さい。」と言った。私達はこれらの志願者達に、各自の属する教団に宣教部を設立し送り出してもらうよう依頼してみたらどうかと告げた。自由教会がまず始めた。それからC&MA, AG, TEAMなどが続いて行なった。JEOMはJ.O.M.A.(Japanese Overseas Missions Association/日本海外宣教協会)になった。

国粋主義、反西欧主義、反植民地主義、イスラム教の孤立化の台頭、人口爆発、そして自由主義の後退は、「誰が送り、誰が受ける」かの風潮を変えて来た。「宣教師の義務は、もはや西欧の独壇場や伝統的な宣教師団体の特別な領域ではなくなった。」

ですから私達はこう尋ねた:

  1. 「収穫の主」は、外国人の宣教師のように、国内の人々を、現在は宣教地である「若い」教会から、最初の宣教命令に従って召し、任命し、そして押し出す事ができますか?
  2. これらの外国人宣教師を、未だ自国が完全に伝道されていないのに、聖書的に言って他の宣教地に送り出すことが出来ますか?
  3. 現地人教会の健全さのため、どんな訓練、インターンシップ、選考が正しいだろうか?

原則はほとんどの現地の状況に当てはまるが、その調査と結論には、特に日本の状況と、そして一般的にアジアの地に対しては限界がある。

5つの基本定義

1)宣教:神または教会からの権威や任命をもって、福音を宣べ伝え(または広める)(ヨハネ20:21)聖礼典を執り行うため、人々を送り出す事。クリスチャンの任務は、キリストの命令に従って、あらゆる所で救われていない人々に福音を宣べ伝えることである。

2)宣教師:宣教のために送り出される人;特に宗教を普及させるために遣わされたり、又は、自立していないどこかの教会に、教育的または慈善的な働きをするために送り出された代理人または特使。それゆえに、新しいどんなシステムや教義を広める人。外国で、特に異教徒の地と考えられる国で説教し教えたりするため、教会から送り出された人。

3)古い教会:または「送り出すまたは与える教会」は、古く設立された教会や宣教団体を意味し、海外宣教師、金銭、聖書を送り、地元に教会、学校、病院、出版社などを建てる働きをする。

4)若い教会:または「受ける教会」とは、宣教地に新しく建てられた地元の教会で、国内外の宣教において、自立、教唆、統治、そして彼ら自身の信仰の拡大という4重の理想に向かって成長すべきである。

5)伝道:伝道するとは、人々がイエス・キリストを通して神を信じ、救い主として彼を受け入れ、そして神の教会の交わりの中で、王であるイエスに仕えることができるよう、聖霊の力によって、主イエス・キリストを宣べ伝える事である。

5つの基本前提

1)大宣教命令は、全ての言語で書かれ、全てのクリスチャンに示され、例外無く全ての国々の真の信者によって従われなければならない。

2)60億人に伝道しようとしている活発なプロテスタントの海外宣教師は、たった42,250人である為に、今日、経験豊富な福音的で効果的な宣教師の存在が、当然必要とされている。

3) 収穫の主は、今日の宣教地にある若い教会からの国内の人々を、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝える」(マルコ16:15)よう召しておられる。彼らは、たとえ自国の伝道が完了していなくても、使徒パウロ、東方教会、ジンゼンドルフ伯爵、そしてウィリアム・ケリー、また今日の西欧人宣教師達のように、従順に従って出て行くべきである。

4) 送り出す社会の福音的なリーダー達、宣教地の宣教師達、国内リーダー達は、収穫の主と共に働く特権にある。主は、再臨する前に、すべての民族、言語、同族、国々から御名のために人を召し出す目的を持っておられる。

5)自己宣伝の固有の原則には2面性の意味がある:

a)自国民への宣教:同じような言葉を話す人々へ、自国内だけではなく、海外にいる同じ言語の人々への伝道。

b)海外宣教:「若い教会」はまた、自国の言語、食べ物、文化、習慣、そして人種と異なる人々や国々へ、海外宣教に出かけなければならない。

韓国人牧師の趙ダビデ師がKEOMになられた時、彼と共にこれと同じ事を韓国で行なった。

心痛

50年経った私の今の一番の心痛は、韓国人、日本人、そしてフィリピン人が主要な点を、または宣教の前提となる上記の5)の点を見逃してしまったことである。つまりそれは、違う国々に行く事、異なった言語を話す事、異なった食べ物を食べる事、異なった文化と人々へのミニストリーを行なう事である。殆どの場合、24ヶ国に遣わされている300人の日本人宣教師、並びに40ヶ国に遣わされている10,000人の韓国人宣教師は、前述の1)と2)を行なっていない。日本人はまず、現地の日本人に伝道する。そして韓国人はまず、韓国のレストランに行き伝道し、駅近辺の建物の信じ難い程の家賃を支払ってもらうのである。しかし、レストランの所有者は、長期に亘ってその家賃を支払い続ける事はできず、宣教師達は帰国する羽目になる。

フィリピン人達も同じような事をする。私は彼らを支援し、時々彼らの教会で説教しているので、この状況を良く知っている。

150周年または1800周年記念

プロテスタント日本宣教150周年記念を2009年にお祝いするが、カトリック教徒は...私達は来日450年であると言って笑う。仏教徒は1200年間ここにいると言い、景教(東洋教会)は1800年と言っている。私はこうお願いしたい。若い(JEA)の日本人牧師や宣教師団体が、私がJCCでの日本プロテスタント100周年記念、ジャパン・ハーベスト、JEMAの宣伝部長であった時に陥った同じ罠に陥らないでほしいと。仏教徒達がこれらの“ブロックに立つ新しい子供達/新米達”を鼻の下で笑い飛ばす一方で、私達は“100周年”を自慢していた。

J.M.L. ヤングの洋書“By Foot to China” ?(徒歩で中国へ(仮名)は間もなく和訳される)は、景教が初代の福音的な宣教師達であった事を立証している。本記事著者とその息子ケンJr.による「日本の地蔵とジーザス」と「消された十字架の国:日本」は文庫本として今出版されている。そして本のタイトルの‘十字架’が‘聖書’と書き換えられた本が徳間書店から出版され、一般書店で14,000冊が販売されている。

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