宗教法人全国キリスト教伝道会  R.E.A.P. mission inc.

Reinforcing Evangelists and Aiding Pastors

I sent you to reap that for which you have not labored...and you have entered their labors. (John 4:38)

Home
About
Articles
J.A.P.A.M..
Photos
日本語
Products
Blog
Links
FAQ
Search

私の誕生日ですよ!知ってますか? (Hey! It's My Birthday You Know?)

さて、またその時がやってきました。クリスマス・パーティの季節です。このパーティは、西暦0年12月25日に誕生されたイエス・キリストを敬うものであり、今年で2007回目の誕生日をお祝いすることになります。(中東では死の1975周年記念と呼ばれています。)

私は、今年で56回目のクリスマスを日本で祝うことになります。しかし、クリスマスは年毎に寒々としてきています。日本でも、イエス様にとっては余り喜ばしいものではありません。

もしあなたの誕生日に招かれて、あなたのために「ハッピー・バースディ・ツー・ユー!」と歌われた後、皆がそれぞれお互い同士プレゼントを交換し合っていて、自分には何のプレゼントもなかったら、あなたは喜ぶでしょうか?イエス様の心がどんなに悲しみに満ちていたか、何と言葉で言い表したらいいのか分かりません。

聖書は、三位一体について、父なる神・御子・聖霊が三位が一体となっている、三位の奥義が一つであることについて語っています。そして特に、「御霊を悲しませてはいけない。」とも語っています。三位一体の神を悲しませてはいけません。悲しみは、「深い悲しみ、悲哀、嘆き、苦しみ、苦痛、悲痛、悲惨さ、死別、苦悩、心労、苦難」を意味しています。あなたは、イエス様の特別な日に、イエス様にこのような悲しみをもたらしたいだろうか?「勿論、違います!」とあなたは答えます。ですから、クリスマスをキリストの立場から見てみましょう。イエス様の目から、イエス様の心を通して感じて見ましょう。ねえ、私の誕生日ですよ。知ってますか?

日本では、クリスマスのお祝いに感謝するマスメディアがありませんが、競争しあう3大菓子メーカー、森永・明治・雪印などは感謝していると思います。

そして、戦後の兵士は、1945年12月に戦後最初のクリスマスをナイトクラブやそれぞれの居留基地でクリスマス・パーティをもってお祝いしました。当時、何でもアメリカ人の真似をしようとしていた日本人は、チョコレート・ケーキはクリスマスのお祝いに何らかの関係があるのではないかという考えを得て、毎年この3つの菓子メーカーは、一番大きくて甘いデコレーション・ケーキを作るため、お互い競い合いました。

ですから、今日の日本人の持つクリスマスのアイディアは、忘年会と合流したようなクリスマス・パーティで酔いつぶれることなのです。クリスマスを祝ったことをたった一つ証拠は、12月24日に高価なデコレーション・ケーキをぶらさげて、ふらつきながら家に帰ることなのです。それは、あなたが外出に連れて行かなかったため、怒っている奥様の心をなだめる犠牲のプレゼントなのです。このように、クリスチャンの最も聖なる静かな夜を逸脱し曲解しているのです。

ところで、日本のBBCである、ラジオとテレビの放送局のNHKは、英国のBBCを真似て、非常時に、商業コマーシャルを流すラジオやテレビ局の人々を信頼できないという前提の上に創設されました。ですから、親方の「侍おじさん」が、いつでも人々がプロパガンダを正しく聞けるよう確かめなければならないのです。これは、戦前のNHKでは、日本が戦争に勝利していて、アメリカが負けているということを、日本人がはっきりと伝わるように仕向けられていました。戦後、それは刷新され準政府活動機関となりました。人々の尊敬を得る為、各家庭から聴衆料を集めています。これによって、コマーシャル時間を削除しています。それから、NHK支配層は、有名な決まり文句を使っています。「私達はクリスチャンが大好きですし、マッカサーの宗教を喜んで促進しますよ。でも、皆さんにこの事を許したなら、共産主義や他の偽宗教も許さなければなりません。ですから、私達はどんなものも取り入れる許すことが出来ないんです。」これは、「主義、思想を一切断わります。」という戦後の反宗教スローガンに根ざしています。

人間は、霊・魂・体から出来ています。そして、魂には思い・感情・意志があります。少なくても、その三分のニは、霊的であることを認めざるを得ないと思います。これは、私達がチンパンジーや犬、猫と違うところです。犬や猫はコンピューターを使う事は出来ないし、祈る事も出来ません。

私は、NHKに連絡を取りこのように言いました。「1年間毎週日曜日に、5つの政党(自民党、民主党、社民党、共産党、公明党)による1時間のプログラムがあり、それは視聴者に公正で、5つの異なった政治的な思想や考えのバランスを取っているような印象を与えています。ではなぜ、進化論が押し付けているのですか?それは、ロシアのKGBと中国だけがしている事です。なぜなら、これらの国々の政府は、“初めに、神は天と地を創造した。”という聖書の最初の言葉を否定する事に土台を置いているからです。」彼らは、神も創造も無いが、進化はあると言っているのです。

私は、もし5つの異なった政治的な思想を皆に示す事が出来るなら、なぜ創造に関する2つの思想を示す事が出来ないのですかと、尋ねました。一つは、進化論と対比しての創造論と呼ばれている聖書からの思想です。

NHK専用の便箋で、NHKからの返事がありました。「私は、自分の信じている事のみ、NHKで放送するのを許しており、私は創造論を信じていません。」とだけ書いてありました。ちょうど私がこれを書き終わった直後、このテーマに確証を与える記事の手紙を受け取りました。作者であるポールW.フェリス博士の許可を得て、その内容を引用します。「最近、ボストン新聞はあるお祝いがとんでもない事になった悲劇的な出来事を報じました。裕福な若い夫婦は、彼らの赤ちゃんの誕生に引き続いて、友人達や親戚の人々を、そのお祝い事をするために、彼らの豪華な家に招待しました。ゲストが到着してから間もなく、ゲストが早く見たがっているメインである赤ちゃんを連れてこようとしてベッドルームに行きました。彼女は、部屋に入り電気をつけると、赤ちゃんの寝ているベッドの上には、ゲストのコートが山積みになっているひどい光景が見えたのです。その下には、彼らの不注意によって窒息して死んでしまったあかちゃんがいたのです。」この忘れられない話は、クリスマスの日にキリストに起こった事をよく表しています。クリスマス・ツリー、パーティー、ぴかぴか光る飾り、プレゼントなどのよい物の下のどこかに、「赤ちゃん」を忘れてしまっているのです。私達の忙しさ、心配事、恐れの下のどこかに、イエス様の再臨の希望を窒息させてもみ消してしまっているのです。それは、新しい現象ではありません。二千年前のベツレヘムの人々も心を奪われて上の空でした。彼らの夜の会話の中心は、政治的な事柄で、一向に去っていかない繁栄していたローマ帝国についてでした。多分誰かは、その会話の最中、こう囁いたかもしれません。「あー、メシアが来て、我々を救い出すだろう。」

しかし、会話はすぐにカエザル・アウグストについての話しに戻っていきました。たとえば、彼の無意味な住民登録や増税についてでした。メシア?そうです。

素晴らしい約束だが、アブラハムがその希望を抱いてから、もう二千年以上も経っているのではないですか?預言者達は、メシアの到来を何世紀も前に予期していたのではなですか?

ですから、政治学者が討論し、神学者達は意見の交換をしあい、金持ちは心配している間、御使いは、最もふさわしくな人々、彼らは羊のために、これらの騒々しさを離れていた貧しく孤独な羊飼い達に現れました。多分それらの事柄に関する政治やユダヤの律法を余り知らなかった人々。天使は身分の低い羊飼い達に身をかがめない事。メシアが子羊としてではなくライオンとしてくる事。宇宙の創造者が飼い葉桶の揺りかごには決して入らない事。これらは、今日でも未だに起こっています。

私達が、大切な事柄、たとえば、来るべき選挙、物価の高騰、経済的悩み、世界的な暗黒などを討論し話し合っている間、私達は最も大切なニュースを見逃してしまうのです。それは、保つのに良すぎるほど良いニュース。絶望の中にあって、再び希望を灯す事の出来るニュース。嵐の中の平安。救い主、主キリストが生まれるニュース。イエスの再臨を待ち望む人々に、主は再び来られるニュース。韓国の宗派が、1992年10月28日と言うように、主の再臨の日付を設定するものではない。しかし、主は再び来られるのです。準備は出来ていますか・主イエスの最初の来臨を受け入れなければ、再臨にも預かる事は出来ません。神様は、このクリスマスの時に、あなたにプレゼントを与えられます。開けて見て下さい。このギフト箱の中には、2つの物が入っています。あなたの全ての罪の赦しと永遠の命のある天国への片道切符です。この2つのギフトを受け入れるために、あなたは2つの事をしなければなりません。あなたの全ての罪を悔い改める事、そしてイエス様をあなたの個人的な救い主として信じて受け入れる事です。そうしてあなたは、全世界にいる10億のクリスチャンの仲間に加わる事が出来ます。彼らは、本当のクリスマスの歌を歌っています。「私はあなたのために私の命を捧げます。私が流した尊い血潮;あなたは急いで死から贖われた。私はあなたに全てを捧げる。あなたは私に何を捧げますか?」

Send this article to a friend or colleague

About Us News Articles Japanese Articles Products Links Faq Contact Us